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有形文化財


町内の県・町指定文化財の紹介
* 丸有形文化財
長 卯平翁夫妻肖像画 長 卯平翁(ちょう うへいおう)夫妻肖像画〔町指定〕
(平成13年11月28日指定)
 粕屋町立歴史資料館が所有しています。江戸時代文化12年(1815年)~文政4年(1821年)戸原村の大庄屋「長 卯平」は、飢きんに苦しむ民衆を助けようと若杉山から新大間池へのどう水事業を計画し、七年の歳月と私財を費やし、完成させました。
 この掛軸は、偉大な事業を成功させた夫妻の姿を今に伝える唯一の肖像画です。
(現物は常時見学することはできませんが、歴史資料館で複製を展示しています。)



木造虚空蔵菩薩坐像(町指定) 木造虚空蔵菩薩坐像(もくぞうこくうぞうぼさつざぞう)〔町指定〕
(平成13年11月28日指定)
 大隈区に所在する真覚寺が所有しています。カヤの木から彫り出された一木造りで、像高55cmほどあり、体部の奥ゆきも深く、背を反らし胸をはる姿は堂々としています。
 この像は体の構えや姿勢、よくようの強い肉づきなどから、平安時代前期(10世紀前半頃)の作品と推定されています。何度か修理が行われていますが、約千年もの間、人々の手によって守られた貴重な文化財です。
(なお、この像は常時見学することはできません。見学を希望される方は必ず真覚寺に連絡し、訪問するようにお願いいたします。)



大般若波羅蜜多経六百巻(町指定) 大般若波羅蜜多経(だいはんにゃはらみたきょう)六百巻〔町指定〕
(平成13年11月28日指定)

 戸原区が所有し、伊賀薬師堂に保管されています。この経本は、江戸時代(17世紀後半)、飢きんに苦しむ民衆を救うことにじん力された京都宇治おうばく山万福寺住職の「鉄眼道光」(てつげんどうこう)が企画・製作を指揮した版刷経本です。別名「鉄眼版」(てつげんばん)とも「黄檗版」(おうばくばん)(1677~1680年製作)とも呼ばれ、日本全国に残されています。
 この経本は、どのようないきさつで残されてきたのかくわしいことはわかりませんが、記録によれば、元々、部木八幡宮(福岡市東区部木所在)と伊賀薬師堂にそれぞれ300巻ずつ保有していたものを、昭和15年に伊賀薬師堂がもらい受けたとされています。このように、全巻がそろうことは非常にめずらしく、貴重な文化財です。
(なお、現在は歴史資料館で現物を寄託管理し、一部を展示公開しています。)

碧玉製管玉
江辻遺跡群から出土した碧玉製管玉
深鉢
江辻遺跡群から出土した刻目突帯文を有する深鉢
江辻(えつじ)遺跡第4地点出土遺物〔町指定〕
(平成13年11月28日指定)
 粕屋町立歴史資料館が所有しています。平成10年度に調査を実施し、多量の縄文時代晩期(約2,500年前)の遺物が出土しました。この出土遺物の中で、ふかばち形土器とへきぎょくせい管玉各1点が指定を受けています。ふかばち形土器は、「刻目突帯文土器」(きざみめとったいもんどき)とも呼ばれ、口径35.3cm、高さ25.7cmを測り、波のような口の部分が特徴的です。このような刻目突帯文土器は、縄文時代の終末から弥生時代の初め頃にかけて北部九州で数多く作られ始めますが、そのさきがけをなす器けいと見られ、完全な形のものは、日本でここだけにしか見ることができません。
  また、へきぎょくせい管玉も長さ1.6cmと小型ではありますが、へきぎょくせいとしては古いもので、いずれも数少ない貴重な資料です。(現物は、歴史資料館で展示しています。)



新大間堤開鑿図絵(町指定) 新大間堤開鑿図絵(しんだいまつつみかいさくずえ)〔町指定〕
(平成13年11月28日指定)
 粕屋町立歴史資料館が所有しています。江戸時代文化12年(1815年)~文政4年(1821年)戸原村の大庄屋「長 卯平」は、飢きんに苦しむ民衆を助けようと若杉山から新大間池へのどう水事業を計画し、七年の歳月と私財を費やし、完成させました。
  この絵図は、この導水経路や工事のがい要を詳細に記録した絵図面(掛軸)で、長さは361cmに及びます。当時の状況を今に伝える貴重な文化財です。
(現物は常時見学することはできませんが、歴史資料館で複製と解説を行っています。)

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お問い合せ先

  粕屋町/社会教育課

粕屋町駕与丁1丁目1番1号
TEL(092)938-2311
 

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