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地域・施設ガイド

民話・伝説(2)

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長者原伝説

縁切(えんきり)地蔵のイメージ

現在の粕屋町「長者原」の地名は、「長者屋敷」にその由来があると言い伝えられています。その伝説は、長者の娘「於古能姫」(おこうのうひめ)と、福岡市早良区野芥の「縁切(えんきり)地蔵」にまつわるものです。
今から約1,200年前の奈良時代の終わり頃(770~780)大城出羽守国定(おおしろ・でわのかみ・くにさだ)という長者がおりました。この国定と奥方のおせつとの間には、三国一と言われた評判の娘がおりました。
ある時、早良区の豪族、郷士土生伯耆守(ごうし・はぶ・ほうきのかみ)がこの付近に鷹狩りに来たとき、この娘のうわさを耳にしました。
これが縁となって自分の息子、土生修理太夫昭兼(しゅうりだゆう・あきかね)の嫁にと無理を通してもらいうけました。
豪族、大城家では、一人娘の嫁入りということで、七車分の嫁入り道具を乗せ、多数の人数を伴って、嫁ぎ先である野芥を目指しました。一行がちょうど逢坂まで来たときです。土生の家老が数人の共とやってきて、「今、土生家では、昭兼殿が急病で危篤となっている。結婚式どころではないから、相すまないが引き返してくれ」と頼みました。
花嫁姿の於古能姫は、「杯はせずとも夫婦にはかわりありません。どうぞ、危篤の夫に会わせてください。」と願い出ますが、聞き入れてもらえません。いろいろと話をしているうちに、家老が自分の娘を土生家に嫁がせ、土生家を自分のものにしようとの悪巧みがあることがわかりました。於古能姫は、もはやこれまでと、ふところの刀を抜いて自分の命を絶ってしまいました。
これを目の前で見ていた父の国定も三途の川をともに渡ろうと自決してしまいました。出羽守国定と於古能姫はその地(野芥)にほうむられ、縁切り地蔵としてまつられています。
そして、この長者が住んでいたとされる場所には現在「馬頭観音堂」がまつられています。

 

【最寄駅】JR長者原駅より約0.2km[徒歩約5分弱]
【バス停】西鉄長者原バス停より約0.5km[徒歩約10分弱]

史跡から最寄の駅・バス停までの経路図(PDF形式:253KB)

日守(夷守)の由来のはなし

日守神社のイメージ

神宮皇后(じんぐうこうごう)は、お産のために現在の宇美町に向かいましたが、その途中、現在の粕屋町乙仲原西区にある日守付近で休憩しました。
そして“日を守りたまいて(太陽をじっと見て)”、「今は何時頃ですか。」と尋ねられました。
この伝説から、休憩した場所を「日守(ひまもり)」と呼ぶようになり、神宮皇后が腰掛けた場所をまつって日守神社ができたと言い伝えられています。

駕輿丁池伝説

駕輿丁池のイメージ

駕輿丁区一帯に広がる駕輿丁池は、筑前三大池の一つに数えられ、「一に白水(春日市・白水池)、二に勝浦(福津市・牟田池)、三に粕屋の駕輿丁」と唄われていました。
周囲4キロメートルあまりのこの池には、出入の岬が八つに分かれ、「オロチ」が住んでいて、一つの入江に一つの頭を出していると言われていました。
そこで泳ぐ者も少なく、たまに水死者が出ると、オロチの仕業だと恐れられていました。
また、これらの魔除けとして、駕輿八幡の前の池には、銅製の釣鐘が沈められているとの言い伝えも残っています。
現在は公園として整備され、昔の伝説も薄れてきましたが、池の底には、藻がたくさん茂っていることから、子どもたちが遊泳などで事故に遭わぬように、このような伝説が言い伝えられてきたのではないかと思われます。

黒殿神社の由来のはなし

黒殿神社の由来のイメージイラスト

大隈区の黒殿神社には次のような由来が残されています。
中世、須恵町の高鳥居山に大内氏の居城があった頃、大隈区にある丸山には、高鳥居城の出城として杉氏が城を構え、前衛の役目を果たしていました。
しかし、高鳥居城での戦が激しくなり、遂に、丸山城は落城してしまいました。
落城を前に、その城にいた「黒殿」(くろどの)という姫は、悲しみにくれながら自分の首を家臣に斬らせました。
首は尾根を転がり山ろくに落ちました。
大隈の村人は姫の死をあわれんでその場所にほこらを建て、「黒殿様」としてまつりました。
今は、少年の成長を祈る行事として、竹を燃やし、その筒を爆発させ、新年のむかえ火として、楽しく寒い夜を過ごします。
また、達筆であった姫の手にあやかって、少年たちは自分の書を火に焼き、上達を祈ります。

【近隣の史跡】平塚古墳、真覚寺、丸山城跡 等

【最寄駅】JR門松駅より約0.6km[徒歩約10分]
【バス停】西鉄黒の前バス停より約0.2km[徒歩約5分弱]
注意)バスをご利用の場合は本数が少ないため事前にご確認ください
史跡から最寄の駅・バス停までの経路図(PDF形式:292KB)

お問い合わせ

粕屋町立歴史資料館(粕屋フォーラム2階)
〒811-2314 福岡県糟屋郡粕屋町若宮1丁目1-1
電話:092-939-2984
FAX:092-938-0733
開庁時間:火曜日から日曜日の午前10時から午後5時まで(但し、祝日、休日の翌日、毎月最終木曜日、特別整理期間を除く)

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