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地域・施設ガイド

大隈区・江辻区の文化財

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丸山城(まるやまじょう)の堀のイメージ

丸山城(まるやまじょう)の堀

大隈区に所在する丸山には、城が築かれていたと伝えられています。ちく城の年代は定かではありませんが、筑前国の守護大内氏の家臣「杉連並」(すぎつれなみ)の城であったことが記録からわかっています。
現在でも頂上には、15間(約800平方メートル)ほどの平地があり、その周囲には防衛のため、深さ2メートルほどの堀が二重に巡っています。
古い記録では、頂上付近に城主であった杉氏の墓があったと記されていますが、現在では全く残されていません。
なお、この丸山城には、黒殿姫(くろどのひめ)にまつわる民話も残されています。

【近隣の史跡】平塚古墳、真覚寺、黒殿神社 等

 

【最寄駅】JR門松駅より約1.3km[徒歩約20分(内、山道の通行:徒歩約5分)]
【バス停】西鉄丸山バス停より約0.8km[徒歩約15分弱(内、山道の通行:徒歩約5分)]
注意)バスをご利用の場合は本数が少ないため事前にご確認ください

史跡から最寄の駅・バス停までの経路図(PDF形式:292KB)

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椿花(ちんか)小学校のイメージ

椿花(ちんか)小学校

大隈区に所在する真覚寺には、江戸時代の終わり頃、「松葉塾」(まつばじゅく)という寺子屋があったと伝えられています。
ここでは、「椿逢原」(つばき・ほうげん)第十代住職、「椿維新」(つばき・いしん)第十一代住職が村の子どもたちに熱心に学問を教えていました。
明治5年(1872年)の「学制頒布」により、寺子屋は廃業されました。
翌年には、椿にちなんで「椿花小学校」を創設し、当時の児童数は男子のみ32名でした。
その後、江辻村(今の江辻区)の「江衢(こうく)小学校」と合併して、後の大川小学校の前身となりました。

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大日堂(だいにちどう)のイメージ

大日堂(だいにちどう)

江辻区に所在する大日堂には、大日如来像があり、400年前に江辻村が移転した時に移されたと伝えられています。
記録では、「江辻には昔、能泉(のうせん)寺という古寺があった。そこには現在大日堂があり、石の地蔵がまつられている」と記されています。
この能泉寺は、伊賀東円(とうえん)寺(現在の戸原区伊賀薬師堂を含む一帯にあったとされています)の原八坊に属していました。
東円寺縁起には、天正14(1586)年の島津勢の九州北上に伴う戦火によって、東円寺とともに焼けてしまったということです。
この大日堂にまつられている大日如来像は、もともとは能泉寺にまつられていたものと考えられています。

 

【最寄駅】JR伊賀駅より約1.0km[徒歩約15分]
(間に西鉄バス路線あり[大川農協前⇔江辻間])
※伊賀駅⇔大川農協前バス停間:約0.5km[徒歩約10分]
注意)バスをご利用の場合は本数が少ないため事前にご確認ください
【バス停】西鉄江辻バス停より約0.3km[徒歩約5分]
史跡から最寄の駅・バス停までの経路図(PDF形式:185KB)

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江衢(こうく)小学校のイメージ

江衢(こうく)小学校

江辻区には明治6年(1873年)に江衢小学校がありました。明治5年の学制頒布により、江辻村の人々がお金を出し合って建てられと伝えられています。
開校当時は、男子児童のみ50名と教師1名の構成だったようですが、このような学校は「下級小学校」と呼ばれ、満6歳から9歳までの子どもを対象に教育を行っていたようです。
明治19年には、女子児童も通えるように制度が改められましたが、明治22年(1893年)に、旧大川村が誕生し、大隈村の椿花(ちんか)小学校と合併して大川第二小学校が誕生しました。
その後、場所や名称を変えながら現在の大川小学校となっていきますが、江衢小学校の地では、37年に及ぶ学校教育が行われていました。

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勝軍地蔵(しょうぐんじぞう)のイメージ

勝軍地蔵(しょうぐんじぞう)

江辻区の江辻山のふもとには「勝軍地蔵」と呼ばれるお堂がまつられています。
記録によれば明治9年(1876年)に、福岡市西区の愛宕(あたご)神社から勧じょうされたと記されています。
そもそもこの地蔵は、仏教での対象となりますが、明治初年(1867年)に政府から出された「廃仏毀釈」(はいぶつきしゃく)から地蔵を守ろうと、前面入口に鳥居を建てたりしたのではないかと考えられています。
ご神体は、板碑に仏の姿が刻まれていて、水をぬらすと錫杖(しゃくじょう)を持った姿がはっきりと浮かんできます。
毎年7月24日は地元の方々により大祭がとり行われています。

 

【最寄駅】JR土井駅より約1.0km[徒歩約15分]
(間にJRバス路線あり[筑前土井⇔山の鼻間])
※土井駅⇔筑前土井バス停間:約0.4m[徒歩約5分]
【バス停】JR江辻バス停より約0.4km[徒歩約6分]

史跡から最寄の駅・バス停までの経路図(PDF形式:1.08MB)

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江辻遺跡群(えつじ、いせきぐん)のイメージ

江辻遺跡群(えつじ、いせきぐん)

江辻区に所在する江辻遺跡群は過去20年の調査で計9か所の遺跡が確認されています。
縄文時代前期(約6,000年前)~平安時代(10世紀代)までの遺構や遺物が出土していますが、この中でも弥生時代早期(約2,300年前)の集落跡は朝鮮半島から伝わった「松菊里型」(しょうきくりがた)と呼ばれる住居跡だけで構成されるもので、日本でもこのような集落の様子が判るのは、ここだけしかなく、たいへん貴重な遺跡です。
「渡来系稲作集落」(とらいけい、いなさくしゅうらく)という別名もあります。
平成12年度の調査では、集落に隣接して墓地群やまぼろしの群名「加麻又郡」(「かまたぐん」あるいは「かままたぐん」)と記した遺物も発見され、全国的に注目されている遺跡群のひとつです。

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お問い合わせ

粕屋町立歴史資料館(粕屋フォーラム2階)
〒811-2314 福岡県糟屋郡粕屋町若宮1丁目1-1
電話:092-939-2984
FAX:092-938-0733
開庁時間:火曜日から日曜日の午前10時から午後5時まで(但し、祝日、休日の翌日、毎月最終木曜日、特別整理期間を除く)

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